法律

誰が守らせるのか

先日、トヨタ自動車のカローラの新型が発表され、全幅1.7mの5ナンバーサイズを超えたことが報じられていました。

道路幅とクルマのサイズの関係については考慮すべきであり、自分の運転技術のことも考えなければなりませんよね。
(好きなクルマだからと勢いで買ってしまうと、後で困る可能性もありますよね。)

サイズの変わったカローラの今後の売れ行きに注目します。

さて、以前から思っていたことなのですが、3ナンバーサイズのクルマが増えても、道路の幅は大きくなっていないと感じますが誤解でしょうか?

建築基準法42条1項では、4mの幅に満たない道路は建築基準法上の道路ではない、という原則が定められています。

ただ、これでは建物を建てられなくて困る、という人が多いので、建築基準法42条2項の定めにより、4mの幅に満たない道路の場合には、道路の中心から2m下がって建物を建てなさい、ということになっています。

ということは、建築基準法42条2項をすべての人が守っていれば、狭い道路であっても端(横)の空きが大きくなって、4mの幅と同様の道路が増えていくはずなんです。

でも、増えたと実感できていますか?

クルマの通行だけでなく、消防、防災ということを考えても、守られる必要のあるルールのはずですが、守っていない人が本当に多いのです。

では、誰が守らせるのか、ということですが、行政が厳しく指導してるという話を私は聞いたことがありません。
(何のためのルールなんだろうか。何のためにルールを作ったのだろうか。)

人気ブログランキングに参加しております。下のリンクをクリックしていただけると幸いです。

人気ブログランキングへ

| | コメント (0)

労働審判と付加金

愛知県行政書士会の会報に、「未払い残業手当と付加金」というタイトルの記事がありましたので、その内容の一部について以下に書きます。

そこには、労働基準法第114条には付加金の支払いについての定めがあり、その要旨について解説がありました。

労働基準法第114条には「裁判所は未払い金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる」、「裁判所が命ずることによって発生する」と、書かれていました。

ここまでの内容は、ご存じの方も多いと思います。

この命ずることのできる「裁判所」に関する記述があり、労働審判では「付加金の支払いを命ずる運用はしていません」と書いてありました。

この理由として、労働審判は裁判所内で行われているが、「裁判所」ではなく「労働審判委員会」が審判を下しているから、とのことでした。

一方、付加金の支払いには労働者の請求が必要ですが、労働審判で付加金の支払いを請求した場合には、通常訴訟で付加金の支払いを請求したものとされる旨が、書かれていました。

これは、請求の期限である「2年以内」が除斥期間であるため、付加金の支払いを請求せずに2年が経過すると、付加金の支払いを求めることができなくなるから、ということでした。

つまり、労働審判では付加金の請求はできないけれど、通常訴訟を行おうとする間に2年が経過して、請求できなくなることを防ぐために、労働審判で付加金の請求をしておくべきだ、ということでした。

以上が、愛知県行政書士会会報の記事についての読解でした。

人気ブログランキングに参加しております。下のリンクをクリックしていただけると幸いです。

人気ブログランキングへ

| | コメント (0)

表現の自由は民主主義政治の基礎

あいちトリエンナーレ2019 表現の不自由展・その後 が公開中止になっても、いろいろな報道が続いています。

非難する政治家の中には、問題とされた展示物について、ヘイトスピーチだから、プロパガンダだから、展示は許されない旨の主張をしている方もいらっしゃるようですが、不当な差別があるのか、特定の思想へ誘導しているのか、といった点において、展示物がそのような効果を発揮していることを確認してから発言しているとは思えません。
(表現の自由が人権の中で優越的地位にあるものとされるのは、公の権力に不当な圧力・制限を受けやすい存在だからで、その制限には厳格な判断が要求されるのです。ヘイトスピーチだから、プロパガンダだから、と非難する政治家の方は、その基準をご自身でお決めになっているのではとも感じます。)

表現の自由に関係する出来事が起こったのですから、これを機会に表現の自由について、いろいろ勉強すべきではとも考えます。

表現の自由をことさら憲法で保障しているのは、国民の人権を守るために必要なことだからです。

必要なこととは、自由に自分の意見を言い、意見の異なる人と自由に討論することです。

自分の意見を言い、意見の異なる人と討論することは自由でなければならず、公の権力の影響は本来あってはならないのです。
(影響があったら、公の権力に都合の悪い考えは排除され、都合のいいように統制される危険性があるのです。)

国民の自由な議論による結論は、政策決定につながりますから、表現の自由は民主主義政治の基礎であるといえます。

また、自由に自分の意見を言い、意見の異なる人と自由に討論ができる環境下では、考えがぶつかり合い、競い合う現象が起こります。

したがって、誤った考えは正しい考えに負けて、適切な結論にたどり着くのです。
(思想が自由市場の中で競争して、正しい結論が残るのです。)

つまり、良いか悪いか、本当か嘘か、正しいか誤りか、といったことを、表現の自由には選別する機能があるといえます。

人気ブログランキングに参加しております。下のリンクをクリックしていただけると幸いです。

人気ブログランキングへ

| | コメント (0)

憲法25条

老後の資金として約2000万円必要とかいう金融庁の審議会の報告書について、いろいろ報じられていますね。

この2000万円というお金ですが、働いて得るか、金融商品で増やすか、のどちらかが一般人にできる方法なのだと思います。
(不動産を使って儲けるという方もいらっしゃるでしょうが、ここでは触れません。)

働いて得るという方法は、すべての人ができる方法ではありませんよね。
(心身の状態や能力の違いが当然ありますし、儲かる仕事ばかりでもありませんから。)

金融商品で増やすという方法も、すべての人ができる方法ではありませんよ。
(金融商品を購入することのできない人もいますし、購入してもその金融商品が大きくなっていくばかりではありませんし、大きくなっても2000万円に届かない場合があります。)

公的年金だけでは足りないという話だけでなく公的年金の給付水準が低下するという話も伝わってきたようですが、政府側でこんなことを提示するのであれば、公的年金の保険料を納めないぞという国民側の声が発せられるのではと思ってしまいました。

あとは、憲法25条のことですね。

憲法25条はプログラム規定だという話もありましたが、老後の資金を自分で何とかしろという内容を政府側が提示するのであれば、憲法25条の存在は疑われてしまいませんかね。

憲法改正に熱心な現政権ですが、憲法25条はどうするのでしょうか?

人気ブログランキングに参加しております。下のリンクをクリックしていただけると幸いです。

人気ブログランキングへ

| | コメント (0)

自筆証書遺言の方式緩和

民法の改正により、自筆証書遺言の方式緩和といわれるものが、平成31年(2019年)1月13日から始まっています。

自筆ではない財産目録を添付して、自筆証書遺言を作成できるようになったのです。

具体的には、自筆で書いた遺言書とは別に、別紙で財産目録を作るということです。

別紙の財産目録は、パソコンで作成することができて、通帳や登記事項証明書の添付も可能となりました。
(ただし、財産目録にはすべてのページに、署名と押印が必要です。)

なお、民法の改正による遺言制度の変更は、今後も続きますので、ご注意ください。

遺言作成センター

人気ブログランキングに参加しております。下のリンクをクリックしていただけると幸いです。

人気ブログランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

私ならば、もう少し安くできると思います

先日、テレビで退職代行サービスのことを放送していました。

退職代行って何?という感じの方もいらっしゃると思いますが、労働者自身で勤めている会社に退職の意思表示ができない、退職が完了しない、という場合に利用するサービスのようですね。
(詳細は、私も知りません。)

テレビで報じるぐらいですから、弁護士法違反にはならないのかなと思うのですが、よく分かりませんね。

弁護士法違反にならない程度で、会社に退職の意思を伝えるということならば、行政書士でも業務として行うことが可能なのではと思います。
(もちろん、法律を守りますよ。)

また、あっせんを利用して、退職にするのであれば、特定社会保険労務士でも業務として行うことが可能だろうと考えます。

インターネットで退職代行サービスを検索すると、いくつか出現しますが、その値段をどう評価するかだと思います。

私は、行政書士としても特定社会保険労務士としても業務を行うことが可能ですが、私ならば、もう少し安くできると思います。
(私は特定行政書士でもありますが、その業務に退職は関係ありませんね。)

退職に関して、お困りの方も、行政書士・特定社会保険労務士 今井和寿事務所をご利用ください。

人気ブログランキングに参加しております。下のリンクをクリックしていただけると幸いです。

人気ブログランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ほったらかしの持ち主

また台風が近づいているそうです。

先日の台風21号の際に思ったことなのですが、台風の被害を小さくすることを、何も行わない人が多いようです。
(私が子どものころは、木造の住宅ですと、雨戸に釘打ちをしたり、ガラス窓に覆いをしたりと、台風が近づいていることを知ったころになると、近隣からトントン、ドンドンという作業の音が聞こえてきました。)

これについて、「最近の建物は頑丈になったから、備える必要がないんだよ」という意見の方がいらっしゃるかもしれません。

でも、先日の台風21号の過ぎ去った後に、自宅の周辺を見た限りでは、そうであるとは言えないと感じました。

屋根、壁や扉が壊れたという建物があったのですが、そのほとんどは、壊れても不思議ではない物ばかりでした。

壊れても不思議ではない物とは、ほったらかしであった、ということです。

大学で建築を学び、短い期間ですが建築にかかわる仕事をした私の考えではありますが、メンテナンスが10年以上行われていないのではと、思われる建物ばかりと感じました。

単に古いだけでなく、トタンが浮いていたり、部材が朽ちていたりと、風の力が加われば変化が予見できるものばかりでした。
(付近を歩いていて、以前から気がついていた物ばかりでした。)

これらの持ち主は、壊れたら直せばよい、というお考えから、普段はほったらかしにしているのでしょうか?

台風21号が過ぎ去ってから、応急措置を施した持ち主がいる一方で、壊れっぱなしのままの持ち主がいるのです。

壊れっぱなしの建物に、別の台風が接近したらどうなるでしょうか?

風力次第かもしれませんが、さらに損壊が生じる可能性があります。

長々と状況を書きましたが、壊れっぱなしの建物の持ち主について、皆さんはどう思われますか?

私は無責任なことをしているなと、思っております。

なぜかと言えば、持ち主以外の人に迷惑が生じる可能性を、分かっているのかなと、考えるからです。

屋根、壁や扉の一部が飛んで、他人の身体や財産にぶつかることを考えないのかと、私には不思議に思えるのです。

他人の身体や財産にぶつかって損害が発生したら、その後に賠償してくれるでしょうか?
(メンテナンスをせずにほったらかしにしている人を、当てにできるでしょうか?)

ほったらかしの持ち主に損害を伝えても、「台風は自然災害だから、弁償する義務はない」などと、相手にしてくれないのではないでしょうか?

一般論として、自然災害の免責というのは、通常必要である保守管理を行っている場合です。

メンテナンスをせずにほったらかしにしていた、というのは、一定の賠償責任があると考えます。

日本では私有財産が認められていますが、私有財産の自由が強調される一方、他人への影響・配慮が軽んじられている面があると、私は思います。

自動車には車検というものがありますが、あれは持ち主任せでは安全の不安があるからだろうと考えます。
(自動車も私有財産の一つですが、車検により国が一定の関与をしていると考えます。)

だから、建物についても、車検のように一定期間ごとに検査して、修繕を求める制度が必要なのではと考えます。

人気ブログランキングに参加しております。下のリンクをクリックしていただけると幸いです。

人気ブログランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

老人の多い日本社会

敬老の日が過ぎたので、書いているのではありませんが、意思のやり取りができない、会話の成立しない老人に関して、困った経験はありませんか?

加齢により能力が衰えることは珍しくないと思いますが、意思のやり取りができない、会話の成立しない老人が相手方になった場合には、トラブル状態が続く・解決しない、泣き寝入りになってしまう、といったことになってしまうでは、本当に困るのです。

成年後見制度というものがありますが、これは成年後見制度の対象となる老人側が利用するという制度設計になっていると考えます。

だから、意思のやり取りができない、会話の成立しない老人の相手方となった人が、成年後見制度の利用を求めることは、制度上難しいのです。

意思のやり取りができない、会話の成立しない老人の相手方を守る制度が、老人の多い日本社会には必要になっていると、私は思います。

人気ブログランキングに参加しております。下のリンクをクリックしていただけると幸いです。

人気ブログランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

話し合いが成立するということ

先日の米朝会談は歴史的な会談といわれていますが、評価はいろいろあるようです。

でも、評価は別にして、どう考えても無理だろうとされたアメリカと北朝鮮のトップの会談が実現したことには、一般人の話し合いにも通じる部分があったように思います。

それは、「譲歩や妥協といった考えが、双方にある。」ということだと思います。

一方が全く理解を示さない、意見が対立・衝突したまま、ということであれば、話し合いで取り決めるのは無理でしょう。

自分が希望する100%の結果を求めないことで、話し合いが成立するということを、再認識できたのではないでしょうか。

もちろん、すべての物事に、譲歩や妥協による話し合いが可能ではありませんし、ふさわしくない問題もあります。

また、当事者だけでの話し合いは、感情的になる場合や法律的な判断を誤る場合もあります。

ですので、解決したいけれど、自分だけでは難しいと感じておられるのであれば、ADR(裁判外紛争解決手続き)の利用をお勧めします。

第三者が間に入る形で、アドバイスを行ったり話し合いを進めたりしてくれますから、冷静に臨むことができるでしょう。

人気ブログランキングに参加しております。下のリンクをクリックしていただけると幸いです。

人気ブログランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

労働時間は短くなりますか?

所定労働時間が終わったのだから、帰っちまえって、思ったことありませんか?
(思った人も、仕事が残っているからと、仕事をつづけた人が多いのではと思います。)

残業が当たり前になっている職場は、本来、異常なのだと思います。

残業すれば、残業代がもらえるから、収入が増えるということを、メリットとして主張される方がいらっしゃるかもしれませんが、それでは何のために所定労働時間が定められているのか、ということになりませんか?

労働基準法の法定労働時間というものも、同様に不思議ではありませんか?

法定労働時間を超える長時間労働が当たり前になっている職場では、法定労働時間の定めに何の意味があるのかって感じになりませんか?

高度プロフェッショナル制度では、1日の労働時間の管理が行われないことになりますが、長時間労働には文句を言ってはダメでしょうか?

高度プロフェッショナル制度の導入で、労働時間は短くなりますか?って、安倍総理大臣に党首討論で尋ねたら、真面目に回答してくれたでしょうか?

人気ブログランキングに参加しております。下のリンクをクリックしていただけると幸いです。

人気ブログランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧